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ビリー・ジョエルと共に一時代を築いたプロデューサーが天に召された。
Rox Star le Journal / KOJI(qtdreamjp)
このコラムの元記事は英語ですので、ご注意ください。
US music producer and CD pioneer Phil Ramone dies
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-21983894


The US music producer and pioneer of digital recording, Phil Ramone, has died aged 79.
Ramone is regarded as one of the most successful producers in history, winning 14 Grammy awards and working with stars such as Ray Charles, Bob Dylan, Elton John and Paul McCartney.
He produced the first major commercial release on CD, Billy Joel's 1982 album 52nd Street.

Some of his awards were for soundtracks to TV shows, films and stage plays.
A native of South Africa, Ramone learnt the violin at the age of three and played for Queen Elizabeth II at the age of 10.
He became a US citizen at 12, and opened his own recording studio in 1958.
He produced three records that won Grammys for album of the year - Paul Simon's Still Crazy After All These Years in 1976, 52nd Street and Ray Charles' Genius Loves Company in 2005.
"My career as an engineer and producer coincided with one of the most profound periods in pop music history: that of the contemporary singer-songwriter," he wrote in his 2007 book Making Records: The Scenes Behind the Music.
Ramone also won Grammys for soundtracks to Flashdance, the Broadway musical Promises, Promises, and an Emmy for a TV special about jazz great Duke Ellington.
His last Grammy came in 2012, when he won best traditional pop vocal album for producing the Tony Bennett album Duets II.
He was known for bringing artists together for duets, producing efforts by Frank Sinatra and Bono, and Tony Bennett and Paul McCartney among others.
Ramone had been in hospital for several weeks, where he was being treated for an aortic aneurysm.
Confirming his death, his son Matt Ramone said he was "very loving and will be missed".



ビリー・ジョエルファンの方であれば、フィル・ラモーン氏をご存知であると思う。フィル・ラモーン氏はビリーの経歴の中では切っても切り離すことのできない人である。
フィル・ラモーン氏がビリー・ジョエルのアルバム「ストレンジャー」から「ザ・ブリッジ」まで共に作り上げてきたプロデューサーである。フィル・ラモーン氏は、ビリー以外にも、フランク・シナトラ、ダイアナ・ロス、レイ・チャールズといった大物アーティストのプロデュースを手がけている。
フィル・ラモーン氏は元々、南アフリカに生まれ、12歳でアメリカの市民権を得て、アメリカ国民になっている。その後、14度のグラミー賞を受賞し、世界初の音楽CDをリリースしたことでも有名である。
また、唯一、日本人では松田聖子が"SEIKO"として、楽曲を出した時にプロデュースしている。そのフィル・ラモーン氏がニューヨークの病院で、現地時間30日の朝に大動脈瘤が原因で亡くなられた。79歳だった。
彼の功績としては、なんといっても、ビリージョエルのアルバム「ニューヨーク52番街」を世界初のCDにして発売したことでも有名で、このアルバムが大ヒットしたこともあり、CDを普及させる一翼を担ったのである。
今でも、ニューヨーク52番街のジャケットに写るトランペットを持ち、ジャケットにネクタイを着用し、下はジーパンにスニーカーという出で立ちのビリー・ジョエルはある意味、反骨精神のロッカーである。
ガラスのニューヨークのジャケットのように石を持ち、グラサンをかけ、今にも投げんとするビリーを荒くれとしてジャケットを作ってみたり、ナイロンカーテンでは、ビリー・ジョエルの中でアメリカ社会への非常に強いメッセージソングを作ってみたりと、アルバムを出すたびにファンをいいように裏切ってきた楽曲を提供してくれたのである。
そのフィル・ラモーン氏とはザ・ブリッジ以降のアルバムでは絡むことはなかったが、私的には交友関係が続いていたようである。(公式サイト参照。)
フィル・ラモーン氏がビリー・ジョエルを最後にプロデュースしたのは2007年にリリースした「オール・マイ・ライフ」が最後となった。
フィル・ラモーン氏のご冥福を心よりお祈りいたします。



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